失敗しがちなオフショア開発成功の鍵は、“共感”にあり

人員不足に頭を抱える日本の受託開発企業を救う!
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株式会社JV-ITホールディングス

猪瀬 ルアン

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現在、日本は空前のIT技術者不足に陥っていることをご存知だろうか。経済産業省のレポートによると、2030年には約59万人の不足が見込まれている。そのような中、プロジェクト遂行・事業成長のために、いかにして人材を確保し、育てていくかという課題に頭を悩ませる企業も多い。


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(参照:IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果

http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/27FY/ITjinzai_report_summary.pdf

 

こうした課題の解決策のひとつとなるのが、「オフショア開発」だ。人材不足の解消が期待でき、多くの場合は発展途上国で行われるため、日本国内よりもコストを抑えられるというメリットもある。

 

しかしながら、現場に視線を落としてみると、オフショア開発プロジェクトはスムーズに進まない状態に陥ってしまうことが珍しくない。言語や文化の壁によるところが大きいと言われているが、オフショア開発のメリットを十分に享受できている企業は少ないのが現状である。

 

今回お話を伺う株式会社JV-ITホールディングスの代表取締役社長・猪瀬ルアン氏は、日本とベトナムでの両方の視点とご経験から当業界を見てきた人物であり、オフショア開発プロジェクト遂行におけるプロフェッショナルである。日本のオフショア開発の現状やオフショア開発を成功させるポイントについて、詳しく伺ってみる。


オフショア開発失敗の原因①:日本人の職人気質


メリットや手法は理解していながらも、なぜ失敗してしまうのか。

 

日本企業やオフショア開発現場でのご経験がある猪瀬氏に伺うと、オフショア開発を失敗する日本企業のある特徴が浮かび上がってきた。

 

「オフショア開発で失敗しやすい日本企業を見ていると、主に2つの共通点があります。

 

1つめは、[※1]ブリッジエンジニア –日本語ができる技術者– に依存してしまうことですね。実は、この優秀なブリッジエンジニアは組織の中ではボトルネックになる傾向があります。

 

もうすこしお話しすると、このブリッジエンジニア自体がネックになるのではなく、そういった人材が現場をまとめることでその方に依存するような体制になってしまうことが問題なのです。

 

例えば、優秀とはいえ1人の人間が管理できる範囲には限りがありますよね。おそらく10人くらいが限度でしょう。いや、もうすこし少ないかもしれません。こうした優秀な人材に頼ってしまう体制だと、事業成長・拡大に伴う柔軟な変革を円滑に進めることができないことが多い。日本語とエンジニアリング、両方とも完璧にできる人はかなり希少の為、持つスキルが中途半端になってしまっているブリッジエンジニアが多いということも問題です。

 

さらに、このブリッジエンジニアはより高い報酬を求めて転職するケースが多いことも懸念点となります。依存しがちな体制の中では、その人に辞められてしまうと開発ラインが止まってしまうようなことも起こり得るでしょう。」

 

オフショア開発において必要不可欠な存在のブリッジエンジニア。優秀な人材であるがゆえに業務が属人化しやすく、その人を失った時の穴は大きくなる。


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オフショア開発失敗の原因②:他者理解力・姿勢の欠如


続いて、オフショア開発に失敗してしまう日本企業における2つめの共通点とは何か?


「誤解を恐れずに申し上げると、2つ目は『日本人は優れている』という考えを持ち込んでしまいがちな点にあります。こちらももうすこしお話しすると、オフショア開発に関わる際に求められる他者理解力が欠けている点が問題なのです。


まず、オフショア開発の現場というのは開発を依頼する日本人とそれを受ける外国人開発者の間で仕事が行われますよね。その現場で、問題が発生したり対話がうまく進まなかったりすることがあるでしょう。


そういった際、多くの日本企業側の担当者は『なぜ、そんなことも考えられないのか?』『なぜ、同じミスをするの?』と感じ、次第に『●●人はこんなこともできない』と相手を見下すような態度をとってしまいがちです。結果、指示の仕方がどんどんキツくなっていったりコミュニケーションが雑になっていったりする。そのような状態では、プロジェクトがうまくいくはずもありませんよね。」


同じ国で生まれ育ち、似た環境で教育された日本人同士であれば、日本語も通じる。行間を読むようなコミュニケーションも自然と取れるし、相手の慣習や振る舞いに違和感を覚えることも少ない。


しかし、海を超えた土地で育った人たちには、それぞれの商習慣や教育環境、社会文化ががある。そして、それらは日本のものとは全く異なるものである。当たり前のことのように聞こえるが、いざ自身が外国人と仕事をするとなった際、他者理解や尊重の姿勢を示せる日本人はどれほどいるだろうか。


「オフショア開発を行う国は、そのほとんどが発展途上国です。日本人から見ると、社会インフラや普段の生活、あらゆる物事に対する意識が低く感じられることがあるかもしれません。日本人が当たり前だと思うことが通じないことも多々あります。


私自身はベトナムの生まれですが、9歳で日本に渡り、日本の企業で働いた経験があります。その経験を通じて思うことは、日本人は世界的にみると『職人気質が高い』ということ。そうした気質を持っている人たちには、『個々人が仕事に対して幅広い視点をもち、率先して動ける人間になるべき』という考え方があります。そのため、私から見ると仕事が属人化しやすく、一緒に働く人に対する期待値が高すぎると感じることも…。


もちろん、それが日本人の強みであり個性なのですが、オフショア開発現場にその傾向をそのまま持ち込んでしまうと、日本側の企業もオフショア先もストレスを抱えることになります。


お互いを理解しないまま仕事を進めないように、まずは相互理解の土台を作ることがとても重要なのです。」


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開発現場の課題を目にして確信した、『共感』の必要性


猪瀬氏がこれほどに日本のオフショア現場の事情に詳しいのは、彼が日本のIT企業に勤め、オフショア開発現場を目の当たりにした経験があるからだ。


「私は9歳で日本に渡り、その後進学した大学在学中に後のライブドアとなるオン・ザ・エッヂという会社から内定を頂きました。在学中からアルバイトとして関わり、卒業後に正社員として入社。そうした中で、当時他のディレクターが中国といくつかのプロジェクトを進めているのを横目で見ていて、なかなかうまくいかないプロジェクトが多かったのを覚えています。」


その様子を見ていた猪瀬氏は、自分がプロジェクトを管理する立場になったとき、オフショア先とのコミュニケーションに工夫を加えてみることにした。


「具体的には、まず他国にいるチームとマネージャーに幾つかの重要な点について理解していただくことに注力しました。


☑︎プロジェクトの目的や背景

☑︎このプロジェクトにどんな価値があるか


その結果、オフショア先の理解度が向上し、コミュニケーションも円滑になりました。なにか指摘した場合でもすんなり理解してもらえたので、比較的どの案件もうまくいきましたね。」


その後、猪瀬氏はIT業界での経験と自身のルーツであるベトナムを掛け合わせたビジネスを考えるようになる。さらに、ブリッジエンジニアに依存しがちなオフショア開発現場の失敗モデルを横目に、ブリッジエンジニアに頼らない独自のモデルを開発、推進する。


キャッシュ0、社員激減という状況にまで追い込まれた時期をも乗り越え、現在では社員100人を超える規模にまで成長した。


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▼現在のベトナムオフィスの様子は、こちら。

https://360.jv-it.com.vn/


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[※1]ブリッジエンジニア…日本企業と海外の開発者を繋ぐコミュニケーターの事を指す。

(参照: ブリッジSEとは?(ブリッジ人材/ブリッジエンジニアとは)

http://www.offshore-kaihatsu.com/faq/bridgese.php


独自の『共感型システム開発』でオフショア開発を成功へ導く


数あるオフショア開発に関わる企業の中で同社が選ばれる理由の1つに、『共感型システム開発』というポリシーが深く関わっている。


「これまでも触れましたが、当社が行っているオフショア開発というのは国や文化が違うクライアントと仕事をすることになります。そして、当社のメンバーは日本側のクラインアントと開発に取り組む現地スタッフとの間にポジションをとります。そのため、『認識や意識を共有すること』を非常に大事にしています。


具体的にお話しすると、まず私たちはベトナム側のチームメンバーに対して、日本にいるクライアントのビジネス、開発するサービスの価値、体制などをきっちり共有します。これによって、開発側が常にサービスをイメージしながら作業できるような環境を整えています。こうすることで、ただ依頼されたことをこなすのではなく、開発スタッフ一人ひとりがプロジェクトや自分の仕事の目的を理解し、本来のスキルや優れた提案力を発揮することができるのです。


こうした手法を私たちは『共感型システム開発』と呼んでおり、これによってクライアントにより良いサービスを提供できるのはもちろんのこと、コミュニケーションが円滑になり、開発側のモチベーションアップにも繋がります。」


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猪瀬氏は、こうした取り組みを行う同業界の企業はそう多くはないと語る。


「業界を経験してきて思うことは、共感することの重要性に気づいてない企業が多いということ。私は日本語とベトナム語の両方が話すことができ、それぞれの文化を理解しているため、いち早くこの共感の重要性に気づけたのかもしれません。」


他者理解をベースとした『共感型システム開発』を実践する同社では、そのプロジェクトの進め方にも特徴がある。


「先ほどお話ししたように、ブリッジエンジニアは円滑なプロジェクト遂行においてボトルネックになる可能性があります。そのため、私たちはそうした人材を中心に据えた1トップ体制を取ることはしません。


当社で行っているのは、日本語とコミュニケーションが得意な『コミュニケーター』、技術と管理経験のある『リーダー』、2トップ制による独自のプロジェクト運営。さらに、週定例で、各チームにおいてメンバーの状況を報告・問題認識・対策案出しをするモニターリング活動も行います。それによって、都度何か問題があれば改善指導や対策を行っています。


例えば、この週定例は毎週各チームでやっているのですが、そこでリーダーとサブリーダーが十数問の項目にメンバーひとりひとりの状況を書き込んでいきます。その後、マネージャーとともにそこから問題提起し、その場ですぐに対策案を検討、改善案の実施期限を設けて、スピーディに問題改善ができるように取り組んでいます。」


お客様に対しても日本語・ベトナム語併記のアジェンダを作成するなど、相互理解向上のためにできることに対して労を惜しまずに取り組む猪瀬氏ら。その姿勢が、結果に繋がり、同社が選ばれる理由の1つになっているのだろう。


「これまでに取り組んだプロジェクトについても、いくつかお話ししますね。


1つめは、ベトナム初の純日本製ブラウザゲームの配信を行ったプロジェクト。当社では日本企業との仲介役や保守や機能追加やローカライズを担当し、1か月半でユーザーが約10万人にまでなりましたね。


(参照:KBMJ、ソーシャルゲーム「エインヘリアル ~ヴァイキングの血脈~」のベトナムでのユーザ数が10万人を突破したことを発表

https://appirits.com/press_release/pr20110906_2.html


2つめは、葬儀関連のサイネージシステム『マイサイネージ』(http://my-signage.jp/ )です。日本の企業が発案して、当社がゼロから開発しました。具体的には、葬儀会場に貼ってある紙の看板をすべてモニターにして、故人の写真や情報がモニターに配信されるコンテンツを作るシステムです。タブレットで内容の編集ができ、動画を編集してすぐに反映させることができるなど、多機能なサイネージシステムを構築しました。」


多様なプロジェクトを成功に導いてきた同社は、2018年5月、日本にもオフィスを構えた。


10名~30名規模の受託開発企業に成長のきっかけを


今後、同社は日本においてどのようなビジネスを展開していくのだろうか。


「日本では、10名~30名規模の受託開発企業を対象に、ベトナムで培ったオフショア開発のノウハウを提供していきます。中でも、10名~30名規模の企業の忙しい社員のみなさんをサポートするために、当社ならではのアイディアがあります。


それは、日本語でのコミュケーションが上手で、ITプロジェクトの業務経験がある人材を可能な限り日本に招き、クライアントの傍に配属するというもの。こうした人材は従来『コミュニケーター』と呼ばれていましたが、翻訳・通訳スキル、ITプロジェクトのマネジメントに求められるコミュニケーションスキル、基礎的なIT知識を持ち、オフショア開発を運用するうえで非常に大事な役割を担ってい彼らを当社では『オフショアマスター』と呼んでいます。


このオフショアマスターたちをクライアントの傍に配属することで、要件や案件が発生したそばから彼らがクライアントを迅速にサポートできるようになります。忙しいクライアントにとって、オフショア開発に出す要件の整理を行わずに済むのは大きな工数削減・生産性の向上、ひいては開発パフォーマンスの向上につながるでしょう。


このような当社独自のアプローチによって、常に人員不足とそこから派生する数々に課題に頭を悩ませる多くの企業を救うことができると考えています。」


まさに、グローバルな視点と業界第一線での豊富な経験を携える猪瀬氏ならではのアイディアと言えるだろう。


しかしながら、そこまで猪瀬氏を突き動かす力の源はどこにあるのだろうか。最後に今後のビジョンについて伺うと、その訳が明らかに。


「私は、今後ベトナムと日本をつなぐ大事な架け橋になりたいと思っているのです。


日本から見ると、ベトナムとのビジネスや政策を考える際のご意見番のような必要不可欠な存在になれればいいですね。そして、3年以内の目標として掲げているのが日本での上場。最終的には、東証一部への上場を見据えています。


一方、ベトナムでは社会インフラを劇的に改善できる存在になりたい。ベトナムの医・食・住の改善をテーマにして、社会インフラを変革できる企業にどんどん投資したいと考えています。


そして、これから50歳までの10年間で『ベトナムの社会を良くしたい』というマインドを持った経営者1000人に投資をして、志のある企業を1000社作ることを目指しています。」


猪瀬氏らと次世代の経営者1000人が起こす波の影響力は、きっと我々の想像をはるかに超えるものとなるのだろう。ベトナムと日本に架け橋的な存在にとどまらず、“ゴッドファーザー”と呼ばれる日もそう遠くないかもしれない。



オフショア開発事業で伸び悩んでいる方や課題を抱えている企業は、ぜひ一度猪瀬氏らの深い懐に飛び込んでみてはいかがだろうか。



執筆=池野

編集=山崎


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