最終更新日: 2023.09.27

大手企業をターゲットに営業活動を行うエンタープライズセールスは、IT・ソフトウェアを取り扱うSaaSビジネスにおいて注目の営業手法です。安定した売上を確保するにはエンタープライズセールスが有効です。

中小企業を主なターゲットとして営業活動を展開してきたSaaS企業の中には、売上が伸び悩んでいる、または短期的な売上はあるが安定しないなどの課題を持つ企業も多いのではないでしょうか。

また、安定した売上を確保するためにエンタープライズセールスを導入したくても、実施方法がわからないという担当者の方もいるでしょう。この記事では、エンタープライスセールスの概要や成功のためのポイント、必要なスキルや実施方法を紹介します。

エンタープライズセールスとは

エンタープライズセールスとは、大手企業や公的機関など大規模な組織をターゲットとする営業手法です。IT・ソフトウェアを取り扱うSaaS企業で主に利用されます。社内に多くの部署を持つ大手企業に営業し、1つのサービスや製品の導入が決まることによって、複数の部署に波及する可能性があり、売上の安定につながります。

最初の成約に加えて、自社のサービスや製品を複数の部署およびグループ企業などに導入してもらいLTV(顧客生涯価値)の最大化を図ることが目的です。LTVとはLife Time Valueの略称で、1人の顧客が1つの企業に対して生涯を通して生み出す利益のことを指します。

ただし、大手企業をターゲットにするため、リードタイムが長い、リード数が少なく競合が多い、サービス・製品導入の難易度が高いなどのデメリットもあります。これらのデメリットを踏まえたうえで、自社サービスや製品に合う適切なエンタープライズセールスの方法を活用することが重要です。

エンタープライズセールスのメリット

エンタープライズセールスには以下3つのメリットがあります

  1. 大きな売上につながる
  2. 複数の成約につながりやすい
  3. 解約されにくい

それぞれについて紹介します。

大きな売上につながる

エンタープライズセールスで契約が決まれば大幅な売上高アップにつながります。特に、SaaSビジネスはサブスクリプション型の料金体系が多く、売上にはユーザー数が必要なためエンタープライズセールスが有効です。

例えば、ウェブ会議システムをユーザー数に応じたプランで導入する場合、数多くの従業員が在籍する大手企業であれば、サービスや製品の利用者数もその分多くなります。10人未満の中小企業数社よりも、100人以上の企業1社と契約する方が売上が多くなり、大きな売上につながります。

複数の成約につながりやすい

1つの大手企業との契約によって、多数の部署にサービスを展開できる可能性があります。組織の中で異なるサービスを使用すると、情報共有が行いづらく、プロセスが混乱する可能性があるためです。社内で複数のコミュニケーションツールや請求システムを使用している場合、わざわざ部署に合わせた使い分けが生じる手間がかかります。

ツール、システムの統一による利便性を理解してもらえれば、様々な部署で自社商材の導入が検討されるでしょう。

解約されにくい

サービスや製品の導入難易度が高い分、1度契約が決まると解約されにくいのが利点です。導入までに、決裁者への複雑な稟議プロセスや機能要件の配備などを経て契約に至るため、簡単に解約されにくいです。加えて、入れ替えや新サービスの導入には手間や労力、資金が必要になるため、すぐに解約に踏み切れません。

契約後も定期的にコミュニケーションを取り、顧客に寄り添いフォローすることによって継続利用につながります。

大企業の定義

大企業の定義は明確に定められておらず、一般的には中小企業以外の企業が大企業に分類されます。中小企業の定義は、中小企業庁によって次のように定められています。参考までに表をご覧ください。

業種分類中小企業基本法の定義
製造業その他・資本金3億円以下・出資総額3億円以下・常時使用する従業員数300人以下の会社および個人上記いずれか1つにでも当てはまる企業
サービス業・資本金5,000万円以下の会社・出資総額5,000万円以下の会社・常時使用する従業員の数が100人以下の会社およに個人上記いずれか1つにでも当てはまる企業
卸売業・資本金1億円以下・出資総額1億円以下・常時使用する従業員数100人以下の会社および個人上記いずれか1つにでも当てはまる企業
小売業・資本金5,000万円以下・出資総額5,000万円以下・常時使用する従業員数50人以下の会社および個人上記いずれか1つにでも当てはまる企業

(参考:中小企業庁:「中小企業・小規模企業者の定義」

上記の条件以外では、資本金や出資総額などが大きく、多くの従業員を雇用している企業が、一般的には大企業とされています。

SMB(Small and Medium Business)セールス

大手企業を対象に行うエンタープライズセールスに対して、中小企業を対象に営業を行うことをSMB(Small and Medium Business)セールスといいます。

SMBセールスとエンタープライズセールスは、企業に対する営業手法が異なります。エンタープライズセールスは、大手企業の複数部門に関わるため意思決定のプロセスも複雑です。複雑なプロセスを通過するためには、先方の担当者だけでなく企業全体に働きかけなければなりません。

一方SMBセールスは、中小企業に対して営業を行います。そのため、リードタイムが比較的短く、少ない商談数で成約に至る場合もあります。また、高度な機能を組み込まずワンパッケージ化したり、料金を引き下げたりすることによってスムーズな導入が可能になることも少なくありません。ただし、中小企業はサービスの導入に利用できる予算が限られていることが多く、長期的な売上の安定につながらないことが課題です。

The Modelとの違い

エンタープライズセールスとThe Modelもアプローチ手法が大きく異なります。

The Modelとは、目的に向かってターゲットを絞っていくアプローチ手法です。マーケティングとインサイドセールスがリードと商談創出を担い、フィールドセールスとカスタマーサクセスが商談から成約、アフターフォローまでを連携して行います。獲得した多数のリード(見込み顧客)の中からターゲットに優先順位をつけて選定し、商談を経て成約につなげます。

一方エンタープライズセールスは、1つの成約をきっかけに顧客企業とさらなる関係を構築し、商材の販売を行います。多数のリードへのアプローチは行わず、最初から確度の高い大手企業を中心にアプローチします。

また、商談時の担当者以外にも管理職や役員などさまざまな人と信頼関係を築くことによって、サービス展開の可能性が広がるため、契約がゴールではなく契約後が重要になります。

エンタープライズセールスの方法

この項目では、エンタープライズセールスの実施方法を順に紹介します。

  1. ABM戦略でターゲット企業を特定する
  2. インサイドセールスを導入する
  3. リファラル戦略を推進する
  4. ターゲット企業の相関図を作成する
  5. LTV(顧客生涯価値)を最大化する

1.ABM戦略でターゲット企業を特定する

ABM(Account Based Marketing)戦略によってアプローチする企業を特定します。ABM戦略は、購買履歴や取引実績データをもとに、自社にとって価値が高い企業を特定し、各企業に対して適切なアプローチ方法を策定するマーケティング手法の1つです。確度の高い企業からの売上の最大化を目指すエンタープライズセールスには欠かせない戦略です。

企業の選定にはSFAツールやMAツールなど、顧客の詳細情報が確認できるさまざまなデータを活用し、顧客の優先順位を決定します。調査や分析に必要な要素は以下を参考にしてください。

  • 市場のニーズ
  • 企業の組織図
  • 保有資産
  • 企業方針
  • 取扱サービス
  • 購買プロセス
  • リピーターになる可能性
  • 既存の使用ツール

など

企業を特定する際は、自社で重要指標を位置付けて検討します。セグメントを広げすぎると、ターゲットとなる企業が絞りきれず、実態と異なる企業も含まれる可能性があるため注意しましょう。

2.インサイドセールスを導入する

ターゲット企業へアプローチするため、アウトバウンドを中心に新規開拓を行うインサイドセールスを導入します。通常のインサイドセールスはリード(見込み顧客)の育成がメインであり、大手企業を対象とするエンタープライズセールスとはアプローチするターゲット層が異なるため、別途チームを立ち上げる必要があります。

アウトバウンドのインサイドセールスでは、例えば決裁者に向けて直接手紙で営業を行い、商談アポイントの獲得につなげるといった手法が有効です。既存顧客に他サービスを提供するための営業を行うこともあります。

インサイドセールス部門が大手企業への新規開拓を専属で担当し、商談獲得後にエンタープライズセールス部門に引き渡すのが一般的です。

3.リファラル戦略を推進する

リファラル戦略を推進して自社サービスや製品の情報拡散を行います。リファラルとは、紹介や推薦を指します。既存のユーザーが友人や知人などの周囲の人に紹介することによって、サービスや製品を波及させるのがリファラル戦略です。エンタープライズセールスにおけるリファラル戦略には、紹介営業や販売代理店契約などがあります。

紹介営業

紹介営業は、前述したようにパートナーにターゲット企業を紹介してもらうため、成約に結びつきやすい効率的な営業手法です。パートナーには、対価として報酬を支払うことが多いですが、決裁者に直接アプローチできる可能性が高いため、短期間での成約が見込めます。

販売代理店契約

販売代理店契約は、代理店が持つ営業力やリソースを使って自社の営業を代行してもらえる点がメリットです。すでに顧客と関係性を構築できている代理店も少なくないため、紹介営業と同様に成約までの期間短縮が見込めます。

これらリファラル戦略に共通するメリットは、低コストで広範囲に情報拡散ができることです。オンライン・オフラインにかかわらず宣伝広告費には膨大なコストがかかりますが、リファラル戦略であれば、ユーザーが広告塔となり効率的に自社サービスや製品の情報を拡散できます。

4.ターゲット企業の相関図を作成する

複数の部署が存在し、関わる人物も増加するエンタープライズセールスでは、全体像を把握するために相関図を作成します。ターゲット企業が大規模であるほど、企業構造を把握するのは困難です。

サービスや製品の購買を担当する部署や実際に使用する現場部署、法務部、情報システム部および各部署の決裁者を調べて相関図を作成します。加えて、各部署がどのように連携しているかが確認できると、契約後にさらなる営業展開がしやすくなります。

ターゲット企業にアプローチしたことがなく情報がない場合、ターゲット企業が導入している製品の取扱企業と共催イベントを実施して情報収集するなどの工夫が必要です。

5.LTV(顧客生涯価値)を最大化する

契約後には自社のサービスや製品を他の部署へ展開してLTVの最大化を図ります。大企業は部署やグループ会社が多いため、商材を横展開することで利益の最大化につながります。成約からさらに他部署へと展開するためには、満足度を高めることや他の部署への関係性を構築することが重要です。定期的に商材の改善点を聞き出し、幅広い部署とコミュニケーションを取りましょう。

また、商材に柔軟性を持たせることも重要です。商材にはなるべく幅広い機能を付属させたり、要望に応じて使用を変更したりできるようにしましょう。

エンタープライズセールスを成功させるためのポイント

エンタープライズセールスを成功させるためには、ターゲット企業との接点を作ること、競合企業と差別化することが重要です。2点について詳しく解説します。

ターゲット企業との接点を作る

リード数の少ない大企業をターゲットにするエンタープライズセールスでは、ターゲット企業と接点を作るのが重要です。接点を作るためには次のような手法の中から、ターゲットに適切な方法を選択して実行します。

  • テレアポ
  • DM
  • 飛び込み営業
  • SNS
  • イベント
  • セミナー
  • 知人からの紹介
  • 関連企業からの紹介

最初から決裁者にアプローチするのは難しいため、まずターゲット企業に所属する人物と接点を持ち、その人物と信頼関係を構築して決裁者とのアポイント獲得につなげます。

競合企業と差別化する

自社のサービスや製品のオリジナリティをアピールして競合企業との差別化を図ります。大手企業の担当者は、数多くの提案を受けて商品を見てきた経験があるため、目立った特徴や大きな導入メリットがなければ成約に至らない可能性があります。

自社サービスや製品のクオリティが高いことを前提に、ターゲット企業の課題の解決や改善に寄与するための機能、および競合と比較した場合の優位性を明確にして提案すると良いでしょう。

エンタープライズセールスに必要なスキル

エンタープライズ企業向けの営業は、中小企業向けのSMBセールスとはまた違ったスキルが必要です。

  • 情報収集力
  • 計画管理能力
  • 交渉力
  • コミュニケーション能力

それぞれについて紹介します。

情報収集力

エンタープライズセールスでは、ターゲット企業の情報を調査し収集する能力が必要です。リード数が少ないうえ、数多く存在する競合他社と差別化したアプローチが求められるからです。

ターゲット企業の取扱サービスや保有資産、組織情報、方針、購買プロセスなどを詳しく調べ、課題となる部分を特定します。大手企業は部署ごとに複数の決裁者が存在する可能性があるため、単にターゲットのホームページを確認して新製品のアピールをするだけでは成約を獲得するのは難しいでしょう。独自のアプローチ手法につながる詳しい情報収集を行うことが重要です。

計画管理能力

ターゲット企業から収集した情報に基づき、アプローチ手法や交渉方法、その後の展開など営業活動計画を立てる能力が必要です。通常の営業よりリードタイムが長いエンタープライズセールスでは、1度の商談で成約に至ることは多くありません

担当者はもちろん、部署の上司や役員、他部署の決裁者にプレゼンすることもあります。ターゲット企業の購買プロセスや意思決定者を把握した綿密な営業活動計画を立てなければ、スムーズな営業活動は難しいでしょう。

自社のマーケティングやフィールドセールスなどの他部門と情報共有を図り、協力してより良いアプローチ手法を計画します。

交渉力

商談時には、営業担当者の交渉力が求められます。エンタープライズセールスでは、複数の初対面の人と話す機会が多いためです。自社とターゲット企業との利害を調整し、双方が納得できる形で商談を進めるためには、社交性や対話能力に加えて提案力も必要です。

商材の魅力とそれによりターゲット企業が得られるメリット、競合と比較した場合の優位性などが詳しくわかる資料を用いて交渉力を高めます。交渉力がなければ、自社にとって不利な条件での契約を押し付けられることもあります。双方が納得するような契約ができるように交渉力を高められれば、長期的な関係構築にもつながるでしょう。

コミュニケーション能力

商談だけでなく成約後にもコミュニケーション能力は必要です。ターゲット企業の担当者および決裁者と信頼関係が構築できなければ、いくらサービスや製品が優れていても導入してもらえない可能性があります。また、競合との差別化が難しい商品であればなおさら、信頼関係を重視する企業も少なくありません。

サービス内容や料金が似ていれば、信頼できる企業の商材が優先して導入されます。ターゲット企業と信頼を築くためには商談時はもちろん、成約後の定期的な連絡により要望や課題の解決に積極的に務めます。親身に対応することで、ほかの部署に紹介してくれるなどサービス展開にもつながるでしょう。

エンタープライズセールスを導入して大手企業との成約を獲得しよう

エンタープライズセールスを導入することで、大手企業のアポイント獲得から成約、成約後のサービス展開につながります。リード数が少ないわりに競合が多いことやリードタイムが長いこと、製品のカスタマイズ性が必要になるなどのデメリットもありますが、1つの成約から複数の成約が得られることもあり、安定した売上につながるのがメリットです。親身なアフターフォローによって良好な関係性を維持できれば、サービスを継続して使用してもらえるでしょう。

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