ビッグデータと動画広告で、ビジネスの拡大を後押し!

俳優など、特異なキャリアから起業した経緯とは?
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HOSHINE株式会社 代表取締役 村田真生のONLY STORY

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今回は、ビッグデータを活用した動画広告事業を中心に、ウェブデザイン事業、音楽プロデュース事業を展開するHOSHINE(ホシネ)株式会社代表取締役の村田真生氏にお話を伺った。

特異なキャリアを持つという村田氏。一体どんな幼少期を過ごし、どのような経緯で起業に至ったのか。村田氏の過去からお聞きしよう。

俳優、作曲家、会社員を経験した末の起業

クラシック音楽家系に生まれたものの、幼少期は英才教育を受けずスポーツに勤しんでいました。11歳の頃、同級生に馴染めず保健室登校となってしまい、見かねた父の勧めで芸能スクールに入校。子役として芸能活動を始め社会に飛び込みました。中学に上がると劇団四季の影響でミュージカル俳優になりたいと思い、声楽やダンス、ピアノなど様々なレッスンに毎日のように通っていました。その頃はミュージカル俳優が辿る王道とも言える東京藝術大学を卒業し、劇団四季で経験を積み、テレビ局などが主催する第一線の演劇界で活躍するというプランを持っていましたね。』

そのように将来を描いていた当時の村田氏が高校に進学直後、早くもチャンスが訪れる。都内の芸能事務所でミュージカルのヴォーカルレッスンを受けてみたところ、「君の将来プランは立派だが、今の君なら誰よりも早く現場に飛び込み誰よりも多く経験を積める。」とその場でスカウトされ、上京が決まったのだ。

その後、十代にして蜷川幸雄氏や宮本亜門氏らの舞台に出演。有名俳優・歌手らも出演する現場でみっちりと演劇を学んだ。ところが3年ほど俳優を続けた頃、村田氏は俳優という職業を続ける自分に疑問を持った。

『俳優として活動し始めて3年が経ったとき、大きな舞台の出演経験はあっても様々なオーディションを受けては落ちる日々の中で、自分は演劇界の第一線で活躍できる器ではないと限界を感じていました。また、俳優は台本や楽譜、振付など全てが用意されていることに面白さを感じられなくなってしまいました。その矢先、明治維新を描いた生々しくも美麗な某アニメーションを偶然目にし、その感動を掻き立てる音楽に鳥肌が立つほどの衝撃と感銘を受け、このように人の心を揺り動かすモノを生み出す、そして縁の下の力持ちである「クリエイター=作曲家」になりたいと思いました。』

こうして、俳優から作曲家への転身を決意。影響を受けた作品の作曲家にアポイントを取り、雑用の手伝いをこなしてアドバイスを受け基礎を叩き上げていった。しかし、作曲家の世界も厳しかった。

『作曲家としての活動には地道な営業も欠かせませんでした。というのも、作曲家は名前が売れる、すなわち一流にならなければ楽曲の価値が低く、薄給の商売なのです。』

そのように作曲活動を続けながら24歳になった村田氏は「ビジネスの基礎を学ぼう」と思い立つ。大手人材会社に入り、運良くポストが空いた中間管理職であるスーパーバイザーとして採用やマネジメント、クライアントとの交渉を行なった。

『子役をしていた頃から、会社員だけには絶対にならないと決めていたのですが、実際に経験してみると毎日が新鮮で楽しかったです。仕事が上から降ってきて、それをしっかりこなせば残業も含めて働いた時間分のお金がいただける。その上、努力した分だけ出世の道が用意されているのです。正直、有り難みしかありません。対して俳優や作曲家は、自分で仕事を獲得して、雇用の保証や労働時間の概念も無いなか死に物狂いで働く。それなのに出世できるかどうかは運次第ですから。』

このように新鮮で楽しい日々を過ごしていた村田氏は、良いと思った改善提案が「クライアントからいただいているお金の分だけ仕事をすれば良い。改善は不要。」という考えを持つ上司になかなか受け入れてもらえず、次第に起業するか、改革に積極的な企業への転職を考え始める。

そして、中学生の頃からの趣味だった囲碁のネットワークの中で、老舗企業のベテラン経営者に相談したところ「転職は人生の甘えである。起業こそが成功への唯一の道。」と背中を押され、起業を決意。

会社、そして動画広告事業の誕生

こうして背中を押された翌日には会社設立の準備を始め、当初音楽プロデュースの専門会社としてHOSHINE株式会社は立ち上がった。

設立後、とある動画制作会社へ営業に赴いた際に村田氏がショックを受ける出来事があったという。

『音楽を必要とする業界に売り込まなければという考えから、動画制作を行う会社にたくさん営業をかけたのですが、どの会社も音楽への費用配分が相当低く、重要視されていないことを痛感したのです。音楽の価値が低いことにかなりショックを受けましたね。』

起業まもなくして壁にぶち当たった頃、転機が訪れる。当時マネジメントの支援をしていた尺八奏者から関西でのコンサートの録画をしてほしいと依頼され、自腹で遠征し動画制作を行なったのだ。偶然にもその演奏会で人脈が広がり、さらに動画も高い評価を受けた。

『この時、動画制作のニーズの高さに驚いたと同時に、音楽から動画へと事業をシフトする決断をしました。さらに、企業のPR動画は世界的メディアであるYouTubeで公開されることが多いのですが、多額の費用をかけて作られたであろう動画が数十回、数百回再生ほどしかされていない周囲の状況に疑問を持ち、これを解消するための広告運用のノウハウを学びました。』

これが現在の主軸となる動画広告事業に繋がったのである。このサービスの強みは、YouTubeに特化した動画広告を制作し、ビッグデータを活用した広告運用によって、企業のターゲットとなるユーザーに絞って配信することで成果に結び付けられる点である。

人々をハッピーにするビジネスを後押ししたい!

こうして様々な職種を経験し、時には事業をシフトさせる決断をしてきた村田氏に今後の展望を伺った。

『私は自社のサービスを通じて、日本中、世界中の人々をハッピーにするビジネスの拡大を後押ししたいと考えています。そのためにも、日々の勉強やサービスのブラッシュアップ、盤石な組織作りも欠かせません。』

現在は主に多店舗展開やネット通販を行なっているBtoC企業を対象にサービスを提供するHOSHINE株式会社。今後は事業拡大に向け、地方、海外に進出していく予定だ。

最後に、そんな将来の展望を描く村田氏が人生において大切にしていることを伺った。

『私が人生において大切にしていることは3つ。プラス思考でありつづけること、良いと思ったらやってみること、そして、人への感謝です。』

常にプラス思考で行動力のある村田氏に共感し、共に事業をしたいと思う方がいれば、一度気軽に問い合わせてみてはいかがだろうか。

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