バーズ・ビュー株式会社

夏井 淳一

時間・患者・場所で救急医療の最適化を図るシステム

ベテラン救急隊員の意思決定を誰でも可能にする
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今回のインタビューは、ITの導入によって救急医療現場を支援するバーズ・ビュー株式会社です。代表取締役の夏井氏に刷新を迫られている救急の現状、求められる新たな救急医療システムなどについて、お話を伺いました。

バーズ・ビュー株式会社 社長 夏井 淳一氏のONLY STORY


【経歴】

大学院での研究者時代に、急性期病院のドクターと共同研究を行い、学生時代から医工連携を実践。1995年、山形大学大学院工学研究科電子情報工学専攻を修了後、大手医療機器メーカーへ入社し、ソフトウエアエンジニアとして生体情報モニターの開発に従事する。
電子カルテ時代の到来に併せて、イスラエル製重症部門システムの現場導入を主導し、全国の基幹病院を奔走。

ICUや手術室の設計、宇宙医療の推進、離島の遠隔診療、ASEANの医療支援、循環器疾患の地域連携など、多数のプロジェクトを経験。2012年、救急医療管制・意思決定支援システムe-MATCHを主な事業とするバーズ・ビュー株式会社の設立に合わせ、COOとしてジョインし、e-MATCHの開発及び普及に尽力。

2016年、同社代表取締役社長 兼 CEOに就任。また、2016年に経営者仲間と共に一般社団法人日本イスラエルビジネス協会を設立。現在、代表理事を務め、イスラエルのデジタルヘルス領域のスタートアップと日本の中小企業を繋げる活動を行っている。

最適な病院を瞬時に選び出す「e-MATCH」


–まず御社の事業内容をお伺いします。

夏井氏:バーズ・ビューは医療分野の中の救急医療をメインフィールドとしてサービスを提供している会社です。

救急というのは、119番通報を受け、救急隊が患者を迎えに行き、病院に搬送する、という行動計画をとっていますが、その中にはいわゆる「たらい回し」に代表されるような様々な問題があります。この問題に対峙し、解決しようとしたのが、弊社事業のスタートです。

–端的に言うと御社は「たらい回しをなくすための事業」をされているということですね。具体的にはどのようなことをされているのでしょうか。

夏井氏:地域の救急医療を見える化する救急医療管制・意思決定支援システム「e-MATCH」を提供しています。救急隊がタブレットに患者の症状を入力すると、その患者に「最適」な病院が明示されるシステムです。

ここで大切なのは「最適」の意味です。救急とは「1分1秒を争うため、一番近くの病院に運ぶこと」が最適だと一般には解釈されてしまいがちです。しかし最も早く搬送できる病院を選んだとしても、全ての病院が全ての疾患に対応できるわけではありませんから、疾患によっては、搬送したのにまた別の病院を探さなければならない事態が発生してしまうのです。

また時間に関して言いますと、搬送が5分、そこから医師が治療を開始するまでの時間が15分のA病院と、搬送が10分、治療開始まで5分のB病院であれば、B病院の方が早く治療を行える。単に搬送の早さだけに着目するのではなく、患者を取り囲む様々な要素を考えなければ「本当の意味での早さ」も実現することができません。

これらを踏まえて、私たちは3R(Right patients、Right place、Right time適切な搬送で適切な場所に最適な時間で運ぶ)を「最適」の定義としています。

–3Rの判断をシステムで代用するということでしょうか。

夏井氏:はい、その通りです。現状、この3Rは救急隊員の経験や感覚に頼っているところが多いのですが、これを瞬時にかつ的確に判断するのは、よほどのベテラン救急隊員でなければ難しいのです。そこで、「e-MATCH」を活用していただくことで、隊員の経験値に左右されることなく、同じ意思決定ができるような環境を作り、この問題を解決しています。

例えば脳梗塞の場合、いくつかの治療法のうち、血管の詰まりを取るtPA療法といううものがあります。これは発症から4.5時間以内であれば、脳の血管内の血栓を溶かして血流を再開することにより、症状が回復する可能性がある治療法です。しかしすべての病院で行える治療ではなく、またこの療法を行うには発症時間からの制約もあり、こうした条件の全てを熟知しておくことは難儀です。
医療は日進月歩ですからね。

–今、救急隊側の使用法をお話いただきましたが、一方で病院側としてはどういった活用方法があるのでしょうか。

夏井氏:医師が救急隊によって入力された患者の症状を見て、自分の病院こそ最適であると判断すれば、自ら受け入れの意思表示ができるのです。これがもっと一般的になれば救急隊は受け入れ先を探して電話をかけ続けることも、断られることも減るはずなのですが、2つのネックがあり現場ではあまり使用されていないです。

まず1つは文字情報だけでは判断できないケースがあることです。この対策としては患部の写真を送信すれば解決すると考えています。

もう1つは病院側の忙しさです。これに関してはむしろシステムを活用していただくことで解決できると考えています。例えば、患者を引き受けた後に任意の時間を設定することで、その間は連絡が来ないようになっているのです。

こうした配慮をシステムに組み込むことで、円滑なコミュニケーションを図り、最適な3Rへ導くことができると思っています。

–救急隊側・病院側関係なく、救急医療全体の最適化を図るツールとしての「e-MATCH」ということですね。

夏井氏:はい。ただ各都道府県単位で運用される救急医療は、地域によって病院数や医師の数も異なり、1つのパターンでは通用しません。

弊社が地域に最適な救急をコンサルティングするうえで、「e-MATCH」を導入することが必要であれば販売する形であり、単に製品として販売ありきとは考えていません。

「e-MATCH」は、あくまで救急医療の最適化を考える過程で生まれたもの。弊社は「e-MATCH」というシステムを作っている会社ではなく、たらい回しのない安心安全な地域を作っている会社なのです。

失敗から学んだ信頼と自分たちの意義


–「e-MATCH」開発までの道のりの中で印象に残っていることはありますか。

夏井氏:我々が最初にe-MATCHを開発したのが奈良県でした。奈良県のe-MATCHローンチ寸前に、精神的支柱となっていたビジネスパートナーの青木則明医師が亡くなり、混乱を極め、不完全のままローンチの日が迫ってきたことですね。そして謝罪をしてローンチを延期するか、機能限定でローンチするかの経営判断を迫られた時、前に進もうとローンチを選んだのですが、これが奈良県の全消防署、全病院に大混乱を招く結果となりました。

しかし、この大失態に対する謝罪をするため、顧客先を訪問して歩くことで、現場の意見を直接聞くことができ、みんなでこのシステムをいいものに仕上げようというモチベーションが高まったのです。

同時にお互いの顔を見られたことで意思の疎通が図れ、信頼も生まれ、病院構造の違い、救急隊の苦労を聞くことができて、このシステムの意義をあらためて認識しました。失敗がなければこうした機会を得ることはできませんでしたね。

–現場の意見を聞いて、認識したシステムの意義とはどういうものでしょうか。

夏井氏: 入力していただくことで集められる搬送現場と医療機関のデータです。このデータを基に互いにストレスのかからない関係を作ることができるのです。

また、救急隊員は患者から直接感謝されることは滅多になく、その上搬送した患者がその後どうなったのか知ることもできないのです。そのため「仕事が評価されていない」と感じる隊員も少なくはありません。そこで搬送した働きが見える化され、その結果が隊員に届けばモチベーションにも繋がります。

従来、システムでのマネジメントと言えばマイナス面をあぶり出す傾向にありましたが、我々はきちんと正しいことをやっている人を適正に評価するためのマネジメントを意識しています。

救急が変わりつつある今、迫られる最適化の見直し


–2,3年先を見据えた今後の短期的な目標を教えてください。

夏井氏:実は今、救急は変わりつつあるのです。具体的には、医療が介護、在宅医療にシフトする中で、ドクターヘリが飛び、ドクターカーが走るようになった。そのためこれらを含めたシステム対応が必要だと考えていますので、時代に即したフルバージョンアップに力を入れていきたいですね。

また、介護は市町村といった基礎自治体が中心になるので、今よりも小さなパッケージにダウンスケールしなくてはなりません。さらに、より正確な情報を伝えるためには市民の参加も必要だと考えており、今後は救急医療の最適化に今以上にチャレンジしたいと思っています。

–その後の長期的な展望はいかがでしょうか。

夏井氏:私は、日本には開発途上国に救急医療の支援をすることができると考えています。日本の知見をもってすれば、多くの途上国の人の命を救うことができるはずです。その取り組みを通して、日本がアジアのリーダーとしての立ち位置を確立できることを目指したいです。

しかしこれは私の世代だけで成し遂げられることではありません。だからこそこの想いを次世代へ引き継ぐことも使命であると思っています。これが私の目指すサスティナブルな経営なのです。

–ありがとうございます。最後に、読者へのメッセージをお願いします。

夏井氏:一緒に救急医療改善に挑戦しようという企業様を募集しています。また、ベンチャーマインドを持ち、これからの高齢化社会の問題解決に立ち向かいたい若者を求めています。ご連絡をお待ちしています。

執筆=増田
編集=笠原

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