株式会社日本スポーツエージェント

古屋 博史

万全のサポートで選手の競技集中に貢献

日常生活から契約、講演、CM起用、TV出演も対応
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今回は、日本のスポーツエージェント業界の草分け的存在で、知名度も高く、選手から高い信頼を得ている株式会社日本スポーツエージェント代表取締役の古屋氏にお話を伺いました。エージェント業とは何か、選手へのサポートはどういうものかをお聞きしましょう。

株式会社日本スポーツエージェント 代表取締役 古屋 博史氏のONLY STORY

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24時間365日、選手と家族の日常をサポート

 
–株式会社日本スポーツエージェントのサービスはどういうものでしょうか。
 
古屋氏:当社の業務はオリンピック選手やスポーツ選手のエージェントで、その代理人法人となります。

代理人というのは、選手が集中して競技生活に打ち込める様に日常生活を始め全てのサポートを行うものです。ですから、スポンサー契約や会見場のセッティングから、遠征中の選手に代わって家族のお世話をすることなど幅広く業務に含まれています。
 
当社は24時間365日体制で、選手のご家族とも深いお付き合いとなるような行き届いたサポートをしています。

具体的な選手へのサポートは、スポンサーやCM、講演の手配、テレビ・ラジオ出演、書籍出版などの契約や手配などの全般を業務としています。また、当社の役員は弁護士、会計士、行政書士、社労士、警視庁OBが役員などに就いているので、法的な面においても選手が安心して活躍できる環境を整えています。
 
–選手と海外まで同行することもあるのでしょうか。
 
古屋氏:私自身、昨年暮れにも、テレビ番組の収録で10日ほどアフリカへ同行しました。テレビ局側の要望も沢山ありますが、選手側の要望もありますので、連日連夜、良い番組になる様打ち合わせをしていました。

もちろん私は選手の側に立つのですが、それでもお互いにリスペクトした意見をぶつけ合い、協力し合ったからこそ、視聴率トップの番組ができ上がったのだと思います。
 
–御社と契約してよかったという声はどういうものですか。
 
古屋氏:当社所属のオリンピック選手がひき逃げ事故の被害に遭ったときの話ですが、区役所がきちんと仕事をしてくれていれば約2000万円の補償が貰えた筈でしたが、区役所の担当職員から「ヤミ金行って借りてこい」や、大声を上げたり、机を叩かれたりして役所にはあるまじきとんでもないことを言われたことがありました。
 
当社が治療費を負担する法的な義務はありませんでしたが、私は選手の将来も考えて、当社が取引の信用金庫から1200万円借り入れして治療に充てました。これは賭けでもありましたが、選手はその期待に応えてくれ、その後世界ランク1位になりました。この件は業界内でも相当に評価されたと思っています。
 
–その他に御社の特色は何でしょうか。
 
古屋氏:選手の活躍は当然、紙面に掲載されますが、オリンピックのメダリストや世界的な著名人が、海外や被災地での社会貢献活動を地道に重ねていることも知ってほしいと思います。
 
例えば、当社契約の柔道の古賀稔彦氏がスペインで3日間1500人の指導をしたり、ブータン共和国に柔道畳を寄付したりと国内外を問わず様々な活動をしていますが、こうした支援は個人で続けるには限界があります。

とはいえ、そういう活動を応援したいと思う人もたくさんいるので、「古賀塾」として社団法人化すれば、応援したい気持ちや自分の夢を古賀さんに託すことができると考え法人化しました。当社はそうした選手のサポートも全力で行っています。
 
–この事業で一番重要と考えていることは何ですか。
 
古屋氏:それは選手第一主義ということです。選手がいるからこそ、この事業が成り立ち、依頼されての代理人ですから、選手への配慮も皆さんの想像される3倍、求められるサポートも皆さんの想像される3倍を心がけて頑張っています。

私のように20年以上この仕事をやっていると、選手の一挙手一投足で、今水が欲しいのかタオルが欲しいなのか、すぐにピンときます。そうした経験がこれからの社員でも、水とタオルを両方持っていけば先ほど申し上げたことが補えるわけですから、そういった心を込めた配慮ができるように指導しています。

選手肖像権の民間への移管で代理人起業

 
–この事業を始めるきっかけは何だったのでしょうか。
 
古屋氏:JOCに一本化されていた選手の肖像権が、2000年のシドニーオリンピック後から徐々に民間に移るという機運があったことで、代理人活動を始めました。

私は、放送局のスポーツ部門にもいたことがありますので、スポーツ界や選手ともつながりがありました。シドニーオリンピックの後、みなさんのおかげで、プロ選手第一号としてトランポリン競技の中田大輔選手のプロ化に尽力しました。

–事業を始めてから嬉しかったことはありますか。

古屋氏:苦労して交渉などをした結果、選手が大会で良い成績を出したときの喜びは何物にも代えがたいですね。また、先ほども話したように、選手が出演した放送の視聴率が1位の時も非常に嬉しいです。
 
–テレビ出演の他にも講演活動をされている方が多いと思うのですが、講演について詳しくお聞かせいただけますか。
 
古屋氏:まずは良い成績を出すことが大事ですが、講演に呼ばれるにはその好成績にプラスして目立つ競技、人気競技という要素も必要になります。

また、マイナーな競技でも、トランポリンの中田選手のようにストーリー性があれば、メディアに注目されるので、そこが最初のステップです。メディアの露出が多ければ、話を聞いてみたいという人も増えます。
 
メディア取材のギャラはそれぞれですが、たとえ少額でも、そういう仕事ほど丁寧に行うようにしています。そうして人の輪を広げていくと、講演も増えて知名度も上がって、TVのCMにも繋がって行きます。

現役の選手なら、メディアの出演回数や知名度が年俸交渉の際に優位に働く事もあります。なぜなら取材の際には必ずチームへの感謝を表しますからね。

スポーツを通して本当に社会の役に立つ貢献をしていく

 
–今後の展望ですが、向こう1,2年の短期的な目標はありますか。
 
古屋氏:まずは2020年のオリンピックですね。近い国の選手は飛行機を降りて選手村へ直行しますが、湿度など日本の気候に慣れる必要のある国の選手は、早めに来日してキャンプをして調整する必要があります。

このキャンプについては、2002年のサッカーのワールドカップでは、カメルーンを誘致した大分県・中津江村はたいへんな経済効果の恩恵を受けました。
 
そのため、東京五輪のキャンプ地誘致の立候補の自治体は280件を超えていますが、住民の方々の理解が必要なことから、当社のメダリスト、アスリートが全国各地で誘致イベントに協力しています。当社の選手が誘致活動に協力し、その自治体で調整した選手の方々が活躍すればと願っています。
 
–次に長期的な目標をお伺いします。
 
古屋氏:前回リオオリンピックでの活躍と、今回の東京オリンピックでの活躍は比べものになりません。時差のためにリオオリンピックの活躍をライブで見れなかった人が多かったと思います。それに比べ、東京オリンピックでの活躍はオンタイムで視聴できますからその選手の認知度も上昇し、以後、そ子で活躍した選手は10年以上は様々な舞台で活躍できると思っています。
 
実際、1992年バルセロナオリンピックの柔道競技で金メダルを獲得し、1996年のアトランタオリンピックでも銀メダルを獲得した、古賀稔彦氏は27年経った今も、年間約100本以上の講演をこなしています。

スポーツで活躍した選手はその舞台で感動を生んでおり、発信力もあるので、スポンサーやCMで起用されやすいことがあります。ですから、東京オリンピックを出発点として選手が活躍できる場を長期間作っていけるように努力して行きます。
 
–社会の中でどういった会社でありたいとお考えでしょうか。
 
古屋氏:スポーツを通した社会貢献が当社の企業理念ですから、今後も社会貢献事業に積極的に取り組んでいきたいと思っています。
 
一般のみなさんにも、ぜひ選手が立ち上げた社団法人の会員になって共に夢を追いかけたり、その様な事で皆様にもオリンピック、パラリンピックの選手を応援してもらいたいと心から願っています。選手に夢を託し、スポーツを通して社会貢献する道を共に歩んでいただけたら、喜びもひとしおだと思います。
 
執筆=増田
校正=勝野

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