カスタマーサクセスとは
カスタマーサクセスは、顧客が自社の商品やサービスを通じて成功体験を実現するよう支援する活動のことを指します。
単なる顧客サポートとは異なり、顧客のビジネスモデルや経営目標を理解した上で、プロダクトをいかに有効活用するかをともに考える戦略的なアプローチです。
この考え方は、継続課金型のビジネスモデルが増える中で、顧客との長期的な関係構築の必要性から生まれました。
顧客が満足し、継続的にサービスを利用することで、企業の安定した収益基盤が形成されるのです。
カスタマーサクセスを適切に実施できれば、顧客のロイヤリティが高まり、LTV(ライフタイムバリュー)も向上します。
結果として、解約を防ぎ、アップセルやクロスセルの機会も増えるため、経営戦略上きわめて重要な機能なのです。
KPIとKGIの違いを理解する
KPI設定の前に、KPIとKGIの関係性を正確に理解することが重要です。
これら二つの指標は、しばしば混同されますが、別の役割を担っています。
KGIとは「重要目標達成指標」であり、企業としての最終的なゴールを表します。
一方、KPIは「重要業績評価指標」であり、そのKGIに到達するための中間目標を示す具体的な数値指標です。
たとえば、「顧客のLTVを年間30%向上させる」ことがKGIであれば、そこに到達するための「解約率を5%削減する」「アップセル率を3%高める」といった指標がKPIとなります。
KPIはあくまでプロセスを測る指標であり、複数設定されることが一般的です。
各KPIが達成されることで、最終的にKGIへとつながる構造になっているのです。
カスタマーサクセスにおけるKGIの設定方法
カスタマーサクセス部門として、最初に定めるべきはKGIです。
KGIがなければ、どの方向に進むべきかが不明確になり、KPIの設定も根拠を失います。
カスタマーサクセスのKGIは、企業の経営目標から逆算して決定することが推奨されます。
売上の継続性を重視する企業なら「顧客継続率90%以上」を目指し、成長を優先する企業なら「前年度比NRR120%以上」を掲げるといった具合です。
KGIを設定する際には、まず企業全体の経営戦略を確認し、その戦略とカスタマーサクセスの役割がどのように結びついているかを整理する必要があります。
KGIの具体例
実際の企業におけるKGIの例としては、以下のようなものが挙げられます。
顧客の継続利率を95%まで高める、顧客満足度を前年比110%改善する、MRRを月間5%成長させるなどがあります。
これらのKGIは、企業のビジネスモデルや成長段階によって大きく異なります。
新規事業ならば顧客数の獲得に重点が置かれることもありますが、成熟期の事業なら既存顧客の維持に焦点が当たります。
重要なのは、KGIが定量的であり、測定可能であり、一定の期間内に達成可能な目標として設定されることです。
KGI設定時の注意点
KGIを設定する際には、現実的であることが最重要です。
過度に高い目標は、組織のモチベーション低下につながり、形骸化してしまいます。
同時に、あまりに低い目標では、組織の成長を阻害してしまうでしょう。
過去の実績データを参考にしながら、達成可能だが挑戦的な数値目標を定めることが大切です。
また、KGIは一つに限る必要はなく、複数のKGIを並行して設定することも有効です。
たとえば、「解約率3%以下」「NRR110%以上」「顧客満足度80点以上」といったように、複数の視点からゴールを定義することで、より包括的な成功が実現できます。
カスタマーサクセスの主要KPI15選
カスタマーサクセスにおいて重要となるKPIは多種多様ですが、顧客ライフサイクルのどの段階にあるかによって、注視すべき指標が変わります。
ここでは、実務で頻繁に用いられる15のKPIを、ライフサイクルのフェーズごとに紹介します。
オンボーディング・定着段階のKPI
オンボーディングは、顧客がサービスを導入してから実際に運用を軌道に乗せるまでの重要な段階です。
この段階での成功が、その後の顧客満足度や継続率に大きな影響を与えます。
オンボーディング完了率は、設定した完了基準に到達した顧客の割合を示す指標です。
初期設定やチュートリアル終了、最初のデータ登録完了など、企業ごとに完了の定義は異なります。
この数値が低いままなら、顧客がサービスを十分に理解していない可能性が高く、解約リスクも高まります。
初回ログイン率は、提供してから最初にサービスにアクセスした顧客の割合です。
契約後にすぐにアクセスしない顧客は、導入プロセスに問題がある可能性があります。
アクティブユーザー数は、一定期間内にサービスを実際に利用した顧客数を表します。
月間、週間、日間など、複数のスパンで測定することで、顧客の継続的な利用状況がより明確になります。
運用・成長段階のKPI
顧客がオンボーディングを完了した後は、継続的にサービスを活用する段階に移ります。
この段階での支援品質が、最終的な解約防止につながります。
継続利用率(リテンション率)は、一定期間の開始時点と終了時点で、サービスを継続利用している顧客の割合です。
月次、四半期、年間など、測定期間を複数設定することで、季節変動なども含めた分析が可能になります。
解約率(チャーンレート)は、一定期間に解約した顧客の割合を示します。
この数値が高いままでは、新規顧客をいくら獲得しても事業成長は望めません。
カスタマーサクセスの成否は、この数値の低さで最も端的に表現されるといえるでしょう。
ヘルススコアは、複数のデータポイントを組み合わせて、顧客のサービス活用度合いや満足度を総合的に数値化したものです。
ログイン頻度、利用機能の種類、サポートチケット発生の有無など、複数の要素を組み合わせることで、顧客の状態をより正確に把握できます。
収益拡大段階のKPI
既存顧客との関係が安定した後は、既存顧客からの追加収益を拡大する段階へと移ります。
この段階では、顧客とのコミュニケーションを通じた提案活動が重要になります。
NRR(ネット・レベニュー・リテンション)は、前年度同時期の売上が、現在どの程度になっているかを示す指標です。
解約による減少分と、アップセルやクロスセルによる増加分を合算した数値で、事業の持続可能性を示す重要な指標です。
100%を超えるなら、既存顧客からの売上が拡大していることを意味します。
MRR(月次経常収益)は、毎月繰り返し得られる収益を示します。
SaaS企業やサブスクリプション型ビジネスでは、事業の健全性を測る中核的な指標として用いられます。
アップセル率は、既存顧客に対して、より高い価格帯のプランへの変更を促し、実現した割合です。
顧客がサービスから得られる価値が高まれば、より上位のプランへの移行意欲も高まります。
クロスセル率は、既存顧客に対して、関連する別の商品やサービス、オプション機能を追加購入させた割合です。
顧客の課題を正確に理解した上での提案が、成功の鍵になります。
顧客満足度関連のKPI
顧客との関係を長期的に継続させるには、顧客満足度の把握が不可欠です。
複数の角度から顧客の声を集め、定量化することが重要です。
NPS(ネット・プロモーター・スコア)は、顧客が「このサービスを他社に勧めるか」を0~10点で評価してもらい、その結果を数値化した指標です。
アンケート調査を通じて定期的に測定することで、ブランドロイヤリティの推移を追跡できます。
CSAT(カスタマー・サティスファクション・スコア)は、顧客満足度を直接測る指標です。
サービス全般、特定の機能、カスタマーサクセス担当者の対応など、複数の項目で測定することが一般的です。
LTV(顧客生涯価値)は、ある顧客が生涯にわたって自社にもたらす利益の総額を示します。
解約までの期間とその間の顧客単価から算出されるこの指標は、カスタマーサクセスの最終的な目標を数値化したものといえます。
カスタマーエフォートスコアは、顧客がサービスを利用する際の手間や負担度を測る指標です。
利用の手軽さが高まれば、顧客の満足度も向上し、継続利用率も改善します。
カスタマーサクセスのKPI設定手順
実際にKPIを設定する際には、体系的な手順を踏むことが重要です。
場当たり的な設定では、KGIの達成につながらず、組織全体の効果も減少してしまいます。
ステップ1|KGIの明確化
まずは、前述の通りKGIを確定させます。
経営層と協議し、カスタマーサクセスが目指すべき最終的なゴールが何かを共有することが大切です。
KGIが定まらないと、その下層のKPIも設定できないため、この第一ステップが最も重要といえるでしょう。
ステップ2|現状分析と課題抽出
次に、現在の状況を詳しく分析し、改善が必要な領域を特定します。
既存の顧客データを収集し、解約率、継続率、オンボーディング完了率といった主要指標の現在値を把握しましょう。
競合他社のベンチマークデータも参考にしながら、自社の立場を客観的に評価することが効果的です。
ステップ3|具体的なKPIの設計
現状分析に基づいて、具体的なKPI候補を洗い出します。
KGIを達成するためには、どのプロセスを改善する必要があるのか、どの指標を高める必要があるのかを検討します。
一度に多くのKPIを設定すると、組織が混乱するため、当初は3~5個の主要KPIに絞ることを推奨します。
ステップ4|KPIの優先順位付け
設定したKPI候補の中から、KGI達成に最も貢献するものを選定します。
KPIの重要度が等しくないため、優先順位を付けることで、組織のリソースを効果的に配分できます。
以下の基準でKPI候補を評価すると、優先順位付けが容易になります:
・KGI達成への貢献度が高いか
・組織内で測定と管理が可能か
・3~6ヶ月以内に改善の成果が見られる可能性があるか
・他部門との連携が現実的か
カスタマーサクセスのKPI設定時の注意点
KPIを設定する際には、いくつかの落とし穴があります。
これらの注意点を事前に理解していれば、失敗を防ぐことができます。
顧客ライフサイクルごとに指標を変える
新規顧客と既存長期顧客では、測定すべき指標が異なります。
新規顧客に対してはオンボーディング完了率やアクティブ率に重点を置き、既存顧客に対してはNRRやアップセル率を重視すべきです。
同じ指標で全顧客を評価しようとすると、施策の効果を正確に把握できなくなってしまいます。
定量的に測定できる指標を選ぶ
「顧客満足度を高める」といった定性的な目標では、達成度を判断することが困難です。
KPIは必ず数値で表現できるものに限定し、測定と分析が容易な指標を心がけましょう。
定量化されたKPIは、PDCAサイクルを高速に回し、継続的な改善を促進します。
KPIを絶対的な判断材料にしない
KPIは重要な指標ですが、それがすべてではありません。
数値が達成されていても、顧客からの定性的なフィードバックに改善の余地があれば、対応を検討すべきです。
KPIと現場の声のバランスを取りながら、柔軟に運用することが大切です。
実態に合ったKPIを設定する
自社の実態から大きく乖離した目標を設定すると、形骸化してしまいます。
過去のデータを参考にしながら、現実的で達成可能な数値を目指すことが、継続的な改善につながるのです。
他部門との連携を前提にする
カスタマーサクセスのKPI達成は、カスタマーサクセス部門だけの力では不可能な場合が多くあります。
解約率の低下には、プロダクト改善が必要な場合もあります。
アップセル率の向上には、営業部門との連携が欠かせません。
設定段階から、他部門との協力体制を整えておくことが重要です。
カスタマーサクセスのKPI達成に向けた運用ポイント
KPIを設定した後は、それを組織全体で運用し、継続的に改善していく必要があります。
ここからは、運用段階で意識すべきポイントをお伝えします。
PDCAサイクルの継続実行
KPI設定後は、定期的に達成度を確認し、改善策を実行するPDCAサイクルを回し続けることが重要です。
月次、四半期、年間など、複数の時間軸でデータを分析し、短期的な成果と長期的なトレンドの両方を把握しましょう。
計画を立てて実行し、結果を評価し、改善を加える、このサイクルの継続が組織の成長を加速させます。
顧客セグメント別の分析
全顧客をまとめて分析するのではなく、セグメント別に分析することで、より詳細な改善策を立案できます。
企業規模別、業種別、導入時期別など、複数の切り口でセグメント化し、各セグメントで異なるKPIを設定することが有効です。
チャーンしやすいセグメント、アップセル率の高いセグメントなど、特徴を把握することで、施策の優先順位も明確になります。
定期的なKPI見直しと改善
経営方針の変化や市場環境の変動に伴い、KPIも見直す必要があります。
3ヶ月ごと、半年ごとなど、定期的にKPIが仍も適切であるかを検証し、必要に応じて修正しましょう。
かつて有効だったKPIが、現在でも有効であるとは限りません。
データ管理体制の整備
KPI分析に必要なデータを、正確かつ迅速に抽出できる体制を整備することが重要です。
複数のシステムに散在するデータを一元化し、ダッシュボード化することで、意思決定の速度が大きく向上します。
チーム内での共通理解の構築
KPIの意味や計算方法について、チーム全体で共通認識を持つことが大切です。
定期的にミーティングを開催し、KPIの進捗状況を共有し、改善のための議論を行いましょう。
透明性のあるコミュニケーションが、組織全体のモチベーションを高めます。
カスタマーサクセスのKPI達成に役立つツール
KPI管理を効率化するために、専用のツールを導入することも有効です。
市場には、カスタマーサクセスに特化したプラットフォームが数多く存在します。
カスタマーサクセスプラットフォーム
Gainsight、ChartMogul、Mindticklなど、カスタマーサクセス専用のプラットフォームは、KPI管理と顧客分析の機能を統合しています。
ヘルススコアの自動計算、チャーンリスク顧客の検出、アップセル機会の提示など、意思決定を支援する高度な機能を備えています。
初期導入の工数は大きいですが、長期的には大きなメリットが得られます。
CRM・顧客管理ツール
Salesforce、HubSpotなどのCRMツールも、カスタマーサクセスのKPI管理に有用です。
顧客の契約状況、対応履歴、課題情報を一元管理し、KPI分析に必要なデータを効率的に抽出できます。
データ分析・ダッシュボードツール
Tableau、Looker、Power BIなどのツールを使用すれば、複数のデータソースを統合し、カスタマイズされたダッシュボードを構築できます。
リアルタイムでKPIの進捗を追跡し、迅速な意思決定が可能になります。
カスタマーサクセスのKPI設定で避けるべき失敗
KPI設定で失敗する企業には、いくつかの共通パターンがあります。
事前にこれらを認識していれば、同じ過ちを避けることができます。
KGIとKPIの混同
KGIをKPIとして設定してしまい、結果的に何をしたらよいかが不明確になるケースが多くあります。
KGIは「目指すべきゴール」であり、KPIは「そこに到達するための中間地点」であることを常に意識しましょう。
設定後の放置
多くの企業は、KPIを設定した後、その後の運用に手をかけません。
設定だけでは意味がなく、定期的な確認と改善が不可欠です。
過度に複雑なKPI体系
KPIを設定しすぎると、組織が何を優先すべきかが不明確になります。
当初は3~5個の主要KPIに絞り、シンプルさを保つことが成功のコツです。
カスタマーサポートとの混同
カスタマーサポートは対応速度を重視する部門であり、その指標(一次応対時間など)はカスタマーサクセスのKPIとして適切ではありません。
部門ごとに異なる役割を理解した上で、適切なKPIを設定することが重要です。
部門間の情報共有不足
KPI達成が、カスタマーサクセス部門だけでは不可能な場合、営業部門やプロダクト部門との情報共有が欠かせません。
設定段階から、他部門とのコミュニケーション体制を整えましょう。
業界別・ビジネスモデル別のKPI事例
カスタマーサクセスのKPI設定は、業界やビジネスモデルによって大きく異なります。
実際の設定事例を知ることで、自社での設定の参考になります。
SaaS企業での設定事例
SaaS企業では、継続的な月額課金が収益源であるため、解約率やNRRが最重要KPIになります。
一般的には、顧客チャーンレート2%以下、NRR110%以上を目指す企業が多いです。
新規機能の利用率、オンボーディング30日完了率なども、同時に追跡されます。
サブスクリプション型サービスでの設定事例
月額制の配信サービスやメンバーシップサービスでは、継続率が経営上の最重要指標です。
12ヶ月継続率80%以上、年間チャーンレート20%以下といった目標が設定されることが一般的です。
加えて、サービス内の利用実績(視聴時間、閲覧数など)も重要なKPIとなります。
エンタープライズ型ビジネスでの設定事例
大企業向けのBtoBビジネスでは、顧客数は少ないものの、顧客単価が大きいため、顧客ごとの詳細分析が重要です。
各顧客のヘルススコア、部門別の利用拡大率、チャーン防止型のKPIが重視されます。
長期契約が一般的であるため、年間の継続率95%以上といった高い水準が目指されます。
カスタマーサクセスのKPI分析に必要なデータ
KPIを正確に計測し、分析するには、適切なデータ収集が不可欠です。
カスタマーサクセスで活用すべきデータには、複数の種類があります。
ユーザー行動データ
ログイン頻度、機能利用率、セッション時間などのユーザー行動データは、ヘルススコアやアクティブユーザー数を算出するのに必要です。
プロダクト内分析ツールを導入することで、これらのデータを自動的に集計できます。
顧客属性データ
企業規模、業種、地域、導入時期などの顧客属性情報は、セグメント別分析に不可欠です。
CRMやマーケティングオートメーションツールに蓄積されるこのデータを有効活用しましょう。
支援履歴データ
カスタマーサクセス担当者による顧客対応の記録、実施したトレーニングの内容、顧客からの問い合わせ履歴などは、顧客との関係の質を示す重要なデータです。
チケットシステムやCRMに記録されるこのデータを整理することで、対応品質の分析が可能になります。
契約・課金データ
契約金額、契約期間、更新状況、アップセル実績などの契約・課金に関するデータは、NRRやLTVを算出するのに必須です。
請求システムと顧客管理システムを連携させることで、これらのデータを一元管理できます。
まとめ
カスタマーサクセスのKPI設定は、単なる数値目標の決定ではなく、組織の戦略的な方向性を定めるプロセスです。
KGIから逆算した体系的なKPI設計、定期的な確認と改善、他部門との協力が成功の鍵となります。
本記事で提示した15のKPI候補、設定の手順、運用のポイントを参考にしながら、自社の事業特性に合ったKPI体系を構築していただきたいと思います。
正しくKPIを設定し、継続的に改善を重ねることで、カスタマーサクセス組織は大きな成果を生み出し、企業全体の成長に貢献することになるのです。