株式会社ゲンキの平和堂
藤本 侑也
POSTED | 2019.01.15 Tue |
---|
TAGS | 従業員数:51〜100人 業種:IT・情報通信業 創立:15年以上 決裁者の年齢:その他 商材:BtoC |
---|
さまざまな商品を専門的に扱うリサイクルショップ
アメリカで学んだ知識で、ゼロから事業を立て直したTopics
今回のインタビューは、リサイクルショップを経営する株式会社ゲンキの平和堂の藤本侑也氏にお話を伺います。他のリサイクルショップにはない強みや、藤本氏が会社を継ぎ、今の事業を確立するに至った経緯、そして働くことに対する考えを含め、事業に対する熱い想いを語っていただきます。
株式会社ゲンキの平和堂 代表者 藤本 侑也氏のONLYSTORY
【経歴】
ロサンゼルス・ハーバー大学経営学部卒。
23歳で商工会議所の商業研修事業に参加し、アメリカを横断する。全米最大級のショッピングモールであるモール・オブ・アメリカなど、色々な商業施設を回った。当時、父親の経営する電気屋で営業をしていたが、日本がアメリカに10年遅れをとっていることを肌で感じ、「将来、経営者として生き抜くことができない」と実感する。これをきっかけとして、25歳の時にアメリカへ移住。以後31歳まで6年間アメリカで最先端のビジネスを学んだ。帰国後、リサイクル事業を始め、リサイクル業界で革新的な事業を次々と打ち出し、業界のモデル店としても選ばれた実績をもつ。
幅広い商品を取り扱う大型リサイクルショップ
–株式会社ゲンキの平和堂の事業内容を教えてください。
藤本氏:株式会社ゲンキの平和堂はリサイクルショップの経営を行っています。お客様は一般の方だけでなく、法人の方もいらっしゃいまして、どちらともリサイクル品を入荷・販売のお取引をしています。
–多くのリサイクルショップがある中で、御社の強みはどのような点でしょうか。
藤本氏:商品を大量に買い取ることができること、時計や宝石などの幅広い分野に精通しているということ、査定にかかる時間が短いこと。この3点が弊社の強みだと考えています。特に仕事の速さはお客様からも評価をいただいているポイントです。
買い取るのであれば、その商品を販売しないといけない。そのため、様々な販売先の一つとしてフィリピンやタイにリサイクル品の輸出も行なっています。国によって必要とされる商品も異なるので、弊社ではたくさんの売り先を持つことを大切にしているのです。
リサイクルショップを始めて14年ほどになりますが、日本全国で横の繋がりができたり、海外への経路が確保できている点も、私たちの特徴だと思いますね。
–経営で工夫されている点はどのようなところですか。
藤本氏:人を育てるというところですね。細やかな教育を行うので、働きやすいという声をいただきますし、実際長く働いてくれるスタッフがとても多いのです。
–事業に対して最も重要視していることは何ですか。
藤本氏:従業員に楽しんで働いてもらうことですね。パートやアルバイトを含めて70人ほどスタッフがいますが、みんなにフランクに話しかけてなるべく上下の溝を埋めるように努めています。このように、働きやすい環境を私が率先して作っていきたいですね。
マイナスから会社を建て直した
–事業を継承するに至ったきっかけについて教えてください。
藤本氏:株式会社ゲンキの平和堂という会社は親から継承したものなのですが、もともとは電気屋さんで、このリサイクル事業は私が立ち上げたものです。そのため、継承したという実感はなく、私は自分自身を二代目創業者だと思っています。むしろ、借金などもあったのでゼロと言うよりマイナスからのスタートでしたね。
正直、会社を継ぐことについて恐怖心があったのですが、再スタートを切ろうとする父の背中を見ると、自分も頑張らなければならないという想いに駆られて、会社の建て直しを図りました。
–どうしてリサイクルショップを経営しようと考えたのでしょうか。
藤本氏:リサイクルショップをはじめたのは、もともと父親の知り合いに電機を扱う商売をしている人が多くいて、その人たちがリサイクルショップに商売転換していくのを見たことがきっかけです。
彼らからリサイクルショップは粗利率も高いし儲けも良いという話を聞いて、中古市場のマーケティングを調べました。私はその頃、渡米し経営について学んでいたのですが、この分野であれば会社の再起をはかれると確信し、今に至ります。
–社名の由来について教えてください。
藤本氏:いつも電話に、「おはようございます!電気の平和堂です!」と大きな声で出ていたことがきっかけでした。営業先の事務員さんに「お前のところは“デンキ”じゃなくて“ゲンキ”だな」と、冗談交じりに言われたんですよね。将来的に幅広い事業展開をしていくという意志を込めて、その方の言葉を新社名にいただきました。
世界中の人に貢献できる会社を目指して
–今後のビジョンについてお聞かせください。
藤本氏:スタッフが自分で立てた目標を実現してくれる会社になることが一番だと思っていますね。会社から与えられるのではなく、自分が達成したい数字を追っていってほしいです。
私は会社を継承してから10年間社長という職務を全うしてきましたが、今期でこの役割も引退します。今後は新たにコンサルの仕事を始められるように、今準備を進めている段階です。
–社会にとってどのような会社を目指していきたいと考えていますか。
藤本氏:世界中の人に貢献できるようなことをする会社にしていきたいです。今後は海外展開も考えているので、株式会社ゲンキの平和堂をさらに大きく成長させたいと思います。
–読者の方にメッセージをお願いします。
藤本氏:私は、仕事は自分自身のエネルギーになるものだと思っています。趣味は自分しか楽しめないですが、仕事は本来楽しいものですし、収入を得ることもでき、人や社会のためにもなる。だからこそ、仕事は辛いものだというイメージを払拭していくべきだと思うのです。
そのためにも、楽しんで仕事をする人が日本に増えてほしいし、株式会社ゲンキの平和堂は、従業員全員が楽しんで働ける環境作りと教育を、これからも目指していきます。
執筆=スケルトンワークス
校正=笠原