株式会社新日本映画社

甲斐 秀幸

魅力ある映画を発掘し、映画館に届ける橋渡し役

若者がコミュニケーションをとる場を提供するために
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株式会社新日本映画社 社長 甲斐 秀幸氏のONLY STORY

映画館で映画が見られるようになるまでの架け橋


私たちは常日頃、気が向いたときに好きな映画を上映している映画館に足を運び、笑ったり泣いたりといった感情を爆発させては日常に戻る。こうした一連の流れは、映画制作会社、映画館をもつ興行主、そしてこの2つを橋渡しする配給会社という3業界の提携によるものである。

新日本映画社はこの中で、版権元から権利を取得して映画館に配給する配給会社であり、配給レーベル名としてエスパース・サロウという別名ももつ。これは、フランス語で「場所・空間」を意味する「エスパース」と、「砂時計」を意味する日本語「砂漏(サロウ)」を掛け合わせた造語だ。世界中に砂粒の数ほどもある映画の中から選んだ映画を日本国内に大きく拡散していく場所、という意味をもつという。

新日本映画社の甲斐秀幸社長は、この業界で映画に携わるようになって16年。そもそも甲斐社長が映画に携わることになったきっかけとは何だったのだろうか。

映画業界に足を踏み入れるきっかけ


「私は日大の芸術学部映画学科監督コース出身で、現場に一直線でわき目もふらず、監督になると信じきっていた若者でした。就職活動も一切せずにいたのですが、一度は映画系の会社に入って自主映画でも撮っていたほうが映画制作に有利だという不純な動機で新日本映画社に入社したわけです。
新日本映画社は、1970年創業の配給会社ですが、初代社長が体を壊されたのを機に入社4年目でバトンタッチして現在にいたります。」

そもそもは、中学校の文化祭にその萌芽があった。演劇発表会で初めて自分で脚本を書き、人を選んで、書いたとおりの台詞を言ってもらったとき、これほど面白いことはないと思ったという。

その初体験で入選すると、ますますのめりこみ、高校からは自主制作の映画を撮るようになった。

人をまとめて何かをしたり、みんなが一体になるのを見ることが好きだったことが監督を目指すきっかけでもあるという。

一体となれるコミュニケーションの場を若者に提供する


そうした甲斐社長の性質は、現在の社長業において見事に花開いているといえるだろう。新日本映画社はミニシアターなどでの単館上映作品の扱いが多い配給会社だが、劇場映画の配給・宣伝だけでなく非劇場上映などもしており、学校映画鑑賞行事の企画・運営においては年間で200以上の上映を行うことで他の配給会社との差別化に成功している。

「 創業時から現在にいたるまで、学校映画鑑賞行事での上映に携わっています。これは、学校などの上映会において、みんなでスクリーンで映画を見るという体験が重要だと考えるからです。横に座る友人、先生とも、その場の一体感を通してコミュニケーションが発生する。これは自宅でテレビを見ていたのでは絶対に起きることがないものです。」


この3年間は、カンボジアで日本映画上映を推し進めるNPO団体に協力する形で上映も行ってきた。カンボジアの農村部には電気も通らず、映画などまったく知らない人々ばかりだという。そこにカンボジアの言語で吹き替えた映画を持ち込んで上映会をする。そうした活動を通して、映画の面白さを訴えてもいる。

ところが、実は今、日本の映画業界の頼みの綱は年配層だという。その年代が若者だったころ、娯楽の王様は映画だった。しかし年配層もやがてさらに年をとる。そうなったときに、今の若い世代に映画好きを育てていなければ映画の未来はない。新日本映画社の取り組みは、そういう思いからも活動しているという。

企画を通した社員には決定権をゆだねる   


他の配給会社とは違うポイントは他にもある。たいていの配給会社においては、配給する映画の最終決定権は社長が握り、トップダウンで降りてくるのが通常だ。しかし新日本映画社においては、そのシステムが異なっている。

「当社に入社してきた社員は皆、映画に情熱を持っています。それぞれにセンスや個性、得意分野をもっているので、その個性をいかしていくべきだと考えました。
社員が2人1組で映画祭に出向き、映画サークルのような形で作品を持ち帰ります。社内で評価しあい、ある程度の評価を得れば購入するシステムを採用しました。」

これは社長も例外ではない。社長の提案でも、社員の反対にあえば却下されることもあるという。そのシステムをとるからこそ、バラエティに富んだラインナップが可能にもなる。

また、もってきた作品が採用された場合、その社員がプロデューサーとなり、日本語のタイトルやビジュアルデザイン、メイン館にいたるまで決定権をもつことになるという。

ジグザグした道でも、進むことで行き着くところがある


「会社に入ってくる段階で、映画に対する情熱はあって当たり前。しかし、その情熱を仕事にする段階で、楽しいと思えるかどうかに大きな分かれ目があります。映画が好きでも、営業の仕事が向いているかどうかは全然違うレベルの話です。
自分の目標にたどり着くまでに壁に何度もぶつかったと感じるかもしれませんが、それを壁と思うから衝突してしまうわけです。前に障害があるならこちらにいく、こちらで障害があるならあちらにいく。そんなふうにへこたれないようにすると、たとえジグザグでも進んでいくことができます。
そうやって進むことで、最終的にはめぐりめぐって自分の天職だと思えるところに着地できるのだと思います。」

かつて、映画監督になるのだと信じていた甲斐少年は、年を重ねてこう語った。

配給会社の経営者となった今、莫大な宣伝費をかけずとも成立するビジネス、若い世代にアピールする道を模索していきたいという思いを持つようになった。

他の配給会社が手をつけられないようなひとクセある映画、社会性の強い映画などにも果敢にチャレンジしたいという甲斐社長の瞳には、中学生のころから抱く映画への熱い情熱が見え隠れしていた。無名の監督、無名の役者であっても、魅力のある作品は必ずある。そんな良品を発掘し、ヒットさせることが甲斐社長の目標でもあるという。

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